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リストマーク 11番目のチームとは? 

2005年10月05日 ()
ブログ投稿おさぼり中に流れた琢磨シート喪失のニュース。

今月に入って、いつどう書こうか考えていたんですよ。日本GPの観戦記に混ぜて書こうとか色々と。

そしたら今日ドデカいニュースが流れましたよねー!
「ホンダ、BAR完全買収!!」
オールホンダがここに来て漸く誕生した瞬間ですよ。ホンダF1活動第3期に当たるこの数年、復活前に現れた真っ白なダラーラ製シャーシのホンダRA099の衝撃。

あれから8年経ってホントやっとって感じですよね。

しかし残念ながらこの「オールホンダ」のF1チームに佐藤琢磨は乗れない。

琢磨がBARのシートを失う事が決定した時、ネットサーフィンしていると、やはり一部ではやや感情的になってたファンの方もいらっしゃった。無理も無い事ですが、これもF1の世界、プロの世界なんですな。悲しいかな。

先走りするメディアも徐々に冷静沈着化する毎に見えてくる真実。
そうそう、「ホンダは琢磨を見捨てない。」
ブラジルGPの中継で、川井一仁氏がHRD中本修平Dへインタビューした時の事に触れていた。
中本氏は、「僕らはサラリーマンだから細かい事まで言えないけど・・・でもサラリーマンである前に日本人だからね」と言っていたそうです。

これを聞いてちょいと安心したのでした。

で、後に流れる憶測・・・。
買収されたミナルディにエンジン供給して、とか、BARを3台体制にするとか、ウィリアムズに07年にエンジン供給とか・・・
来年から完全にミッドランドと名前の変わるジョーダンは、琢磨が英F3時代に所属していたカーリンモータースポーツのスタッフが多く居ることから、ミッドランドに移籍とか。しかしここはトヨタエンジンユーザー。そこで今度はトヨタをも巻き込み、えらい騒ぎとなったのは周知の通り。
そして89年はロータスジャッド、90年にはコスワースユーザーでありながらも、パーソナルスポンサーとしてバックアップしていたティレルに移った中嶋悟の面影も浮かぶ。

そこへ一石を投じるかの様に今日流れたもう一つの仰天ニュースが「11番目の新参チームへのホンダエンジンの供給」の発表。

しかし、ここへ琢磨が収まる事が正式発表された訳でなく、返って?が増えた。

「んん!?それって何処よ?」

新チームとしてかねてから噂があるのは、アラブ資本の

「マクラ-レンBチーム」
でも不確定要素は多い。

で他は?と言うとって考えてみる。

ロータス復活!?
童夢!?
嘗てスクーデリアイタリアでF1参戦し、今でもインディでは縁のあるダラーラ単独!?

まさか亜久里率いるARTAだったり!?

兎に角ホンダを動かしたこの"新チーム"はホンダに縁のある並ならぬチームに違いない。

そして仮に琢磨がこの新チームに入ったとして、相方は誰!?
なんつう事も考えてしまったりするのだ。

ダン・ウェルドンか、アンソニー・デビッドソンか・・・。

結局のところ憶測は消えず。

そして気になるコカコーラの参入の噂。

しかし、個人的にはウィリアムズや来年BMWワ-クスになるザウバーと言ったチームのちゃんとした所に言ってもらいたいと思うのだ。
琢磨自身ももう学ばなくてはいけないが、今年みたいにヘマな作戦ミスは懲り懲りだ。
[2005.10.05(Wed) 00:07] モータースポーツTrackback(2) | Comments(1) 見る▼
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COMMENT

予選も終わりましたが... by 1sugi
>masa様
今回のホンダの発表はなんなんでしょね~&新チームってどこなんでしょね~。

F1ドライバーってそんなに長くやってられる職業ではないし、乗れるウチは出来る限り余計な雑音のないトコロで思いっきりやって欲しいです>佐藤選手。

ですから、masa様と同じく規模は小さくてもプロのレース集団ってイメージのチームと話がまとまればなぁって思ってます。

だから、予選でも比較的幸運だったし、入賞狙ってじっくりがんばってね>佐藤選手in日本GP


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リストマーク Spirits of The Rally 2005 

2005年07月25日 ()
for_blog_rally002.jpg

Miniが縁で知り合ったまさそりさん親子をお誘いして、我がファミリーと一緒に横浜赤レンガ倉庫で行われた「Spirits of The Rally 2005」に行って来た。
数ヶ月振りに見たまさそりさんの娘さんは大分大きくなっていて、改めて驚いた子供の成長の早さ、そして我が子の普段垣間見えない部分の成長振りに嬉しくなった一日となった。
行く道沿いにあった横浜税関の資料館に帰りに少し寄って、開港して今年146年目を迎えるこの横浜の港で輸出入される品物の遍歴を垣間見たので、少し俺の歴史感!?を交えて書きたい。

歴史ってのは建物然り、クルマ然り、物の形からその物が作られた年代の技術や流行、社会的背景も読み取れる。
赤レンガのある埠頭が完成したのは丁度100年前、この2つの倉庫が完成したのは、90年以上も前の事だそうだ。
今も残る赤レンガの他、旧県庁などなどの"洋館"を見ると、欧米烈強国に追いつき追い越せの富国強兵の勢いと、鎖国から開港して以来、目の前で見、肌身で感じた異国文化へのカルチャーショックは、きっと今以上に強烈だったに違いなかったと想像を掻き立てられる。

世界への玄関となった横浜港から輸出される製品は、遂40年近く前まで生糸だった。クルマが少しずつ顔を出してきたのは、その直後の1960年代後半の事になる。

上の写真は「ダットサン富士号」と言って、1957年10月に発売された「210」をベースにして1958年に行われたオーストラリアラリーに参戦し、見事クラス優勝に輝いたクルマ、しかも実物だ。
自動車大国の名はまだまだ遥か遠い、ましてやモータースポーツなんぞは、その後も暴走族の延長上的にしかみられなかった認識低いこの国、当時の日本において、19日間総距離10,000kmの過酷なラリー参戦と言う事件は、勝海舟率いる咸臨丸が日本人自らの手で太平洋を渡った、いや有人飛行で見知らぬ星に着陸した位の大冒険で、しかもそこで優勝してしまうと言うのは、同時期に設計され、当時のスペックがほぼ同じだったMiniに乗っている人間としては、堪らなくエキサイティングな事なのだ。

以来時代は流れて自動車が輸出量1位に君臨し続け、自動車大国の名を手にした日本。
目覚しい技術革新を遂げ、最高馬力34psだったダットサン富士号は最早足元にも及ばないくらいのモンスターマシンが誕生し、時速200kmで砂漠をかっ飛ぶトラック(カミオン)さえも出現した。
まだドライバーなどソフト面で劣勢だが、中世ヨーロッパの騎士道文化が発祥の世界のラリーシーンにおいて、サムライ魂は砂煙と水飛沫を上げながら駆け抜けている。追いつき追い越せと。
PCWRC参戦の新井敏弘駆るNクラススバルインプレッサ
パリダカでお馴染みのカミオンクラス 菅原義正駆る日野レンジャー 
JWRC第5戦からデビューのスズキスイフト スーパー1600
[2005.07.25(Mon) 19:00] モータースポーツTrackback(0) | Comments(3) 見る▼
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う~む。 by まさそり
切り口が素晴らしいですね!富士号からそう持ってくるとは、流石です。ワタシも富士号の写真は撮ったけど、使いこなせませんでした。汗。(ジュニアWRCで大活躍のスズキも。。。)
ミニが世に出たころに、すでに国際ラリーで勝った富士号もエライけど、クラッシュの痕跡をそのまま残して保存してるのもすごかったですね。Zのサファリ仕様もそうでしたね。

富士号だっ!! by 1sugi
>masa様
本館!?のラリーカー達の写真を拝見しまして....また落ちました(__;)...道具にばっか凝って、枚数ばっか撮らんと、「写真に」精進せねばいかんですねぇ、私...しかも当日は某所で野暮用で、清水の似たよなイベントにもいけんかった(T^T)。

で。

赤レンガ倉庫は明治の建築家、いわゆる第一世代の妻木頼黄(えっと、便宜上"黄"って書きましたが、本来は"廣"の中身?を書きます)、の作品です。たしか内部の鉄柱はドイツからの輸入品です。ま、外国人から直接学んだ第一世代では、妻木(赤レンガ倉庫やら横浜正金銀行やらの設計者)がドイツ派、辰野金吾(東京駅やら日銀やらの設計者)がイギリス派、片山東熊(東博,京博,奈良博に赤坂離宮やらの設計者)がフランス派って覚えとくとなにかと便利...かなf(^ー^;。
まぁこの世代の人達は、ウデはともかく気合い入ってますよ。明治時代を作る時代の動きになんかかんか関わってた人ばかりですからねぇ...作るモノも国家記念碑的なモノが多いし...他の二人はともかく、妻木は内務・大蔵両省の主任技官だったワケだし...なんてコトは、図書館ででも近代建築史の本見りゃ出てます。最近流行りみたいですしね、近代建築史(^^)。

さて、富士&桜号は、日産吉原工場謹製でございますですよ(^^)。長らく日産ワークスの監督をお勤めになった若林さんの初仕事です。当時は吉原工場(現JATCO)もフルライン工場でして、ブルーバードの誕生した場所でありますです。ですんで、ながらく東海道線からも見えるように「日産ブルーバード」の大看板が出てましたです。その後「技術の日産」看板となり、いつのまにやら無くなって...地元民としては寂しい限りでございます。
富士や桜も生産ラインから部品を回して強化して仕立てたクルマです。完走したときは、吉原商店街で提灯行列やったそーです。へ?なんで知ってるかって?。あちこちに書きましたけど、当時ウチの母様は、日産吉原工場資材管理課におりまして、ラリーマシンの部品調達事務やってたんですもの(^^ゞ。ほんで、私の最初のクルマの玩具は、母様から貰った富士号の記念ティントイだったんです。気に入りすぎて遊びすぎ、とうに壊しましたけどもね(^◇^;)。
もう特に探してまで富士&桜のミニカーを買おうとは思わないけど、母様にいっぺん実車見せてやりたいなぁ(^^)。

にしましても...駄長文多謝m(__)m>各位

望む常設公開施設>日産様 by 1sugi
>masa様
まぁ...ワタシ「みぃはぁ」ですから、全方位に「面白いものはいねがぁ~」っとアンテナだけは張ってます。実践がともなわないのがどうもねぇ...。

さて、本エントリを母様に見せましたら懐かしがりましたです(^^)。光沢紙にプリントアウトして、富士号を名刺大にちょんぎって「ほれ」ってあげましたら、なにやら「だいじなものばこ」にしまってました(^^ゞ。

古めのラリーカー大好きなので、またなにかイベントがありましたら、是非ご一緒したいですね(^^)。

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リストマーク New Sport X 

2005年07月14日 ()
スーパーGT500クラスのNSX(2005年FISCOにて撮影)

俺がクルマを好きなった切っ掛けは、TVで当時の全日本F2を観た事。青と白のきれいなコントラストのかっこいいカラーリングに目が止まり、ノーズに描かれた「H」のマーク。
以来、ホンダファンになり、そのマシンを操っていた中嶋悟のファンになった。
今でもやはりサーキットでは「HONDA」のロゴを見ると熱くなる。
IRLでは圧勝もF1では苦戦を強いられている今、同じく苦しんでいるのがスーパーGT。
GT500クラスでは、FR優位に進む中レギュレーション改定によって少し上昇してきたホンダ陣営の持ち込むマシンはMR車のNSX。

バブル景気に少しずつ陰りが見えてきた1990年、国産初のオールアルミボディ本格的ミッドシップスポーツカーとして誕生したのがNSX。
本格的とは言うものの、北米市場をターゲットにしていた為か、誰でも乗れるスポーツカーが売りになり、ゴルフバッグが2個積めるトランクルームを持つと言う、俺の中では聊か半端な印象。更には、アルミのボディには張れない初心者マークが吸盤で前後のウィンドウに付いてたのを見て絶句したのを覚えている。
まぁ早い話がホンダファンであるけど、このクルマはあまり好きではない。高価な価格に僻み半分入っているが(苦笑)

このNSXが今年12月末を持って歴史を閉じる事になった。
途中マイチェンを行い約15年間作られ続けたと改めて聞いて驚いた。普通の日本車ならフルモデルチェンジを2回やってそろそろまた新しいモデルが出てくる頃の年月だ。

ホンダはこのクルマの為に栃木に専用ファクトリーを新設し、そこでは熟練工の素手による職人技がこの15年続けられていた事になる。

7月12日の発表の中で合わせて後継車の開発も公表した。
どういうものになるか楽しみな話だが、途中追加されたピュアスポーツNSX-Rの更に上を行った「誰でも乗れる訳じゃない」的、サーキットでのホンダマインドむき出しの、そして熟練工の方々の汗と流れる血が感じられる様なクルマを期待したい。

一般道でもあのホンダサウンドが聞きたいものだ。
次期NSXと言われたHSX(2003年モーターショーにて)

[2005.07.14(Thu) 01:32] モータースポーツTrackback(0) | Comments(1) 見る▼
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そういう時代 by まさそり
GT-RやRX-7に続いて、とうとう国産スポーツカーの最高峰までも。。。
ゴルフバッグについては、ワタシも同感でしたね。トランクを無くせば、あのカッコ悪いリアオーバーハングが無くなって最高だったのに。買えないけど。(泣) 中古でも。(大泣)
しかし、初期顔は見かけましたが、マイチェン後の悪人面はほとんど見た事が無いですね。GTマシン、NS-Xの面影が少ないと思っちゃうのはそのせいかな。

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リストマーク 負のスパイラル -F1 Rd.11 BritishGP- 

2005年07月10日 ()
フリー走行2日目の放送を観てた時に現地レポートをしていた津川哲夫しを思わず唸らせたアナウンサーの言った一言をタイトルに引用させてもらう事にした、今回のF1第11戦イギリスGP後記。

シルバーストンの特性から、今のF1の勢力図がくっきりと浮き彫りになった結果となった。
レースで目に付いたのは、トップグループからドンドン引き離されてしまってるウィリアムズ陣営。
来年BMWワークスとなるザウバーとタメを張る走行は、余りにも落ち過ぎ。
中継中でも言っていたホンダを失い、非力なホンダF3000エンジンベースのジャッドで挑んだ1988年よりも印象は遥かに悪い。
何となくフランク・ウィリアムズがエディ・ジョーダンと被る。

そしてそのエディ・ジョーダンのチーム、ジョーダンで僚友だった琢磨とフィジケラ。
どうも波に乗れなかった琢磨の今週末。7番手スタートをトラブル!?によりスターティンググリッドに付けずに不意に。

G・フィジケラは残り17周のピットインで、先週のフランスGPでやらかしたエンジンストールをまたしてもやってしまい、3位のポジションをコンストラクターズチャンプを争うマクラーレン、K・ライコネンに譲ってしまう大失態。
今の流れから行って、この二人が個人的に重なる。
自らのミスなのかトラブルなのか・・・兎に角流れは悪い。こう言った不調から中々脱せないのがF1の怖い所。逆に乗ってしまうとグーンと行ってしまう訳で。

しかも今シーズンは19戦と多く、今月は国際レースでは余りにもキツイと思われる4週連続レースのある月だ。
どこでどうこの負のスパイラルを断ち切れるのか、少し心配だ。
しかし、琢磨については何となく鈴鹿辺りでやってくれそうな、何の理由も無い、しかし意外と当る胸騒ぎがし始めている。

その難儀かつ奇怪なF1と言う世界でトヨタエンジンも効果もあったかT・モンテイロ(ジョーダン)が17位ながら12戦連続完走と言う記録を成し得た事はとても凄い事。

そして、このサーキットから110km離れた場所で起こった悲劇に屈しない人々とスピリットがあれば、きっと世界のこの劣悪かつ非道な負のスパイラルを断ち切れると祈りたい。
[2005.07.10(Sun) 23:59] モータースポーツTrackback(0) | Comments(1) 見る▼
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不運... by 1sugi
>masa様
なんか悪い方へ悪い方へ転がってますよね、佐藤選手。F1ってワケわかんない世界ですから、「今年の成績からすると、来年は期待できるぞっ!!」っていって、来期になると特に思い当たるコトもなくどん底ってのは、ウィリアムズもそうですが、よくあるですよね...そんな世界で昨シーズン途中から持ち直し、好調にまでもってきたマクラーレンってのは凄いと思います。
とにかく、きついけど、おっしゃるとおりまだまだレースはありますので、なんとかポイント稼いで欲しいモノです>佐藤選手。

で...なんか、今回のレース展開見てると...バトンが移籍するのは時間の問題かな、と...。

あ、SCCJの写真拝見しました。あまりの見事さに、我が写真と引き比べ...落ちてます...。

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リストマーク 先週末のレースつれづれ 

2005年07月06日 ()
先週末はF1、GP2、IRL、Fポン等々ありまして、何だかすっかりF1熱が冷め始めてきたのか、フランスGPを寝てしまって見過ごしてしまい、夜中目が覚めて慌ててTVを点けたら雨の鈴鹿のFポンがやってました。

さてさてF1ですが、今回はフランスGPでしたね。
そろそろ来年に向けたストーブリーグの話も表面化してきて、賑やかしくなってきました。
BMWがザウバー買収なんつう事もあって、ウィリアムズ+ホンダなんつう噂も出てきてます。ホントだったら、個人的には嬉しい話なんすけどね(笑)
レースの方はと言いますと、ブッチギリでアロンソがまた勝った様で。こりゃ史上最年少ワールドチャンプ誕生の様相が濃くなってきましたな。あとはコンストラクターズチャンプの行方がどうかって所になりますかね。
気が付きゃ3位フェラーリ69ptで2位マクラーレン71ptに2点差に縮めてるし、1位ルノーも89pt。この3チームは1人のドライバーが頑張ってる状態で混沌としてくるでしょうね。
漸くBARホンダがJ・バトン4位入賞でポイントゲット。方や琢磨は無理なパッシングで予選4位からのポジションを不意にしてしまい、20人中唯一ノーポイントになってしまう憂き目ですよ。。。

日本人としちゃ、ちょいと残念・・・などとスポーツナショナリズム剥き出しのオレ含めた方々の思いを払拭させたのが、F1のサポートレースでもあるGP2第5戦ですよ。
やっと来ました、吉本大樹が。
2位表彰台をゲット!国際F3000クラスの日本人としては史上初!と某サイトでは、書いてあったんですけど、あれあれ!?
昔インディライツで野田英樹が1勝してますけど?

アメリカIRLでは、トヨタが2006年を最後にIRLから撤退します。
NASCARに本腰を入れるとか。
これによりホンダのワンメイクかと思いきや、ホンダはワンメイクの考えは無いらしく、ヘタすりゃIRL消滅!?なんて心配も出てきてます。そこへ韓国ヒュンダイがIRLに参戦するなんつう話もでてきてます。
まぁ、そんなIRLですが、ここもビッグニュースが出ましたね。
第8戦カンザス、アージェントモーゲージ300では、人気沸騰中のダニカ・パトリックが女性ドライバーとして史上2人目のポールポジションゲット!
結果は残念ながら9位でしたが、こっちはまたまた面白くなりそうです。1位から3位のタイム差が0.0242秒差なんつう大接戦もありますしね。

最後にFポン。4戦終了時点で、ウィナーが本山、ライアン、井出、トレルイエの4人。GTではニッサン系ドライバーが占めてる状態です。
そんな中奮闘してるのが、予選2位をゲットしたトヨタの秘蔵っ子、平中克幸。
雨の激しい中、ロッテラーのトレルイエを巻き込むスピン、リタイアと言う荒れたスタート。
平中もポジションを落とすも3位まで挽回したところ、途中シケイン入り口で井出に後ろから追突され、エンジンストップ、リタイアとなってしまいました。ありゃ可愛そうでした。観てる方も残念でなりませんが、さすがスーパールーキー。残りのレースが楽しみです。(井出はピット10秒ストップのペナルティ。8位完走)

レースは後半、給油でピットした本山をかわし、予選3位からスタートしたPIAA NAKAJIMAの小暮がトップに躍り出るも、スプラッシュでピットアウト後、猛追した本山が小暮の2コーナーでのミスを見逃さず、今季2勝目を挙げ、自身4度目のFポンシリーズチャンプに一歩近づく結果になりましたが、スター選手が少なくなったFポンも今年はつまんなくなる!?と思うも蓋を開けてみりゃ、所々でドッグファイトの接近戦が続いてます。やっぱレースはこれですよ、これ!でも、今回は少々荒れたレースでしたが。
[2005.07.06(Wed) 17:40] モータースポーツTrackback(1) | Comments(0) 見る▼
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