TOP > 2005オフィシャルレポート vol.2
 ← 2005 AUTOBACS SUPER GT Rd.2 -2005 Race Watching Report vol.1- -2005 Race Watching Report vol.1- | TOP | COFFEE AND CIGARETTES

リストマーク スポンサーサイト 

--年--月--日 (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--.--.--(--) --:--] スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
↑TOPへ


リストマーク 2005オフィシャルレポート vol.2 

2005年05月01日 ()
2005・4・28(Thu)・29(Fri)・30(Sat)
IRL Rd.4 Indy Japan 300


天気 4/28 快晴 4/29 晴れ一時にわか雨 4/30晴れのち曇り

配置位置 4/28 タ-ン2 アンビュランス  4/29,30 ターン3 クリーンアップカー


世界最高峰の四輪レースの一つ、IRLがまた日本にやって来た。
一昨年、去年と2年連チャンで観客として行ってたこの場所に、今年はオフィシャルで来るなんて夢の様、だけど目に入る全てのものが現実。ホッペを抓っても痛いのだ。
インディジャパン300はIRLインディカーシリーズ全17戦中、唯一の海外戦。逆に言えば16戦がアメリカで行われるレース。
今年からロードレースが3戦組み込まれているものの、殆どがグラベルなどのセイフティーゾーンの無い、ウォールで囲まれたオーバルコースで行われるため、アクシデントに対する安全基準、マシン、ドライバー装着品、そしてレスキューなどサーキット側からのセイフティもF1を凌ぐ世界一級品のものを兼ね備えている。
今回からもてぎのオーバルにはSAFERウォールがターンのに設備された。
鉄とウレタンで作られた防護壁はクラッシュ時に、その衝撃を幾分にも和らげる機能を持ったもので、このIRLの他、NASCARを筆頭にオーバルで盛んに行われるアメリカンモータースポーツには日本に先駆けて設置されている。
もてぎのオーバルは1.5マイルの中型オーバルで、上から見ると缶ジュースのタブ口の様な格好をした変わった形をしてる。ターン1からターン2のカーブは緩やかで、ターン3からターン4はそれに比べRがキツイ。 その為、ここでは何かしらアクシデントが発生している。
一昨年の決勝ではトニーカナーンとスコットディクソンの激しいクラッシュ。昨年はフリープラクティス中に起こった高木虎之介選手の体重の63.5倍もの衝撃が体に襲ったウォールへのクラッシュ。 今でも跡が残るこの衝撃は、このSAFERウォールがあれば、どれだけ良かった事だろうと思わせる。
そして、IRLの救護、消火などのレスキューを司る「Delphi Safety Team」を紹介したい。
TV等で観戦していると、何かしらアクシデントが起こった際にオレンジの耐火スーツを身に纏った人達がすぐさま トラックに乗って来てはマシンとドライバーを取り囲み、救護活動しているのを目にした人もいるはず。 これが、彼らだ。謂わばレスキューのプロ中のプロ集団。
IRLでは、彼らを中心に、イベントのあるサーキットのマーシャルが彼らのサポートをする形を取っているらしい。
今回のインディジャパンでは、そのサポートを我々もてぎのレスキューが担当する事になるわけだ。


4・28(Thu) 初日
indy1stday01_3_thumb.jpg
indy1stday02_3_thumb.jpg


比較的遅めの朝。パルクフェルメで集合後、もてぎレスキューでの軽い朝礼をし終わった後、29番ピットでデルファイ・セイフティ・チームとミーティングをした。
このチームの指揮を執るデイブ・ホーランド氏によるIRLならではの注意事項が伝えられる。
メタノールを燃料とするインディカーへの独特の消火手順。ドライバー救出手順などの話は、それだけ聞いてもドライバー達を守る為の安全に安全を固めたIRLを垣間見れる。
今日の配置はターン2、アンビュランス。メディカルセンターで、救命士さん、看護士さんを乗せ配置場所へ。
その頃、オーバルではストックカーによるプロドライバーによる模擬レースが重低音のするエキゾーストノートをたてて行われていた。
そこで、先輩レスキューに、普段平らな所では、体験しようも無いバンクでのストレッチャーの下ろし方、救護方法など注意点を教わり、1回目のフリープラクティスに備えた。
今日がまだ平日だと言う事を忘れてしまわせる様な陽気と雰囲気の中、ピットから激しいV8サウンドが高鳴り出す。 今年初めてのインディカーの走行開始。左耳で聞く劈く様なエキゾーストノートは背後に回り、襲い掛からんばかりに一気に右耳に切り裂いていく空気の音と共に入り込んでいく。
2グループに分けられて行われるフリープラクティスはこの午前午後1時間半づつ、出走23台で行われ、音速のドップラー効果は幾度幾度も繰り返され続けた。 午後にはもう夏を感じさせる気温28℃。耐火スーツを着た上のアンビュランスはサウナ状態になりつつあった。 窓を開けると生暖かい風も気持ちよく感じる。
このもてぎでのセッティングを見出す為の初日のフリー走行はトップでも26秒台に漸く入ったところ。ちょいゆっくり目と言ってもトップで平均時速203マイル(324km)オーバー。最下位でも193マイル(308km)オーバー。信じられない速さだ。。
ランチ時には、視察か、試験か、決勝日のオープニングイベントで披露されるブルーインパルスの飛行機2機が白い飛行機雲を長々と発てて上空を飛んでいくのが見えた穏やかな1日は出動する事もなく、無事終了。
宿に帰った後、先輩達とクルマで10分位の所にあるホテルグリーンヒル内にある温泉に入りに行った。 これもまた楽しみの一つ。 そしてその夜、一本の電話が入った。 こないだ面接を受けに行った会社からだった。
内容は合格通知と条件提示。ここで決めるかどうかはともかくも、しばらく入っていた大きな力が肩から抜けた。


4・29(Fri) クウォリファイデイ

indy2ndday_3_thumb.jpg


今朝はバンクでの救護作業を確認する意味もあって、実際バンクに出て実地体験をした。
実際滑りやすいボードに人を乗せてストレッチャーに載せ、更にアンビュランスに運ぶ。緩やかと言われるもえぎのバンク。されど、明らかに平地よりも大変な事が良く分かった。
今日からターン3 クリーンアップカーへ配置が移動。
クリーンアップカーは、オイル処理、アクシデントで散らばった破片などを処理するのが主な役目。ので、クルマの中にオイル処理剤、消火器、ブラシなどが積まれる。このクルマが出るアクシデントは相当大きなものになる。
ターン3には、俺らの他、消火トラック、アンビュランス、レッカー、スイーパーが配備され、そしてデルファイセイフティの指揮車もいる。 何故ならここから先は、アクシデントが起き易いからだ。
配置場所に着いて、待機をし始めると、デルファイチームの人が写真を撮りたいからと呼んでくれ、そばに居た日本人医師が、その人のカメラを持って撮影してくれた。
その時俺もこの写真が欲しくて、この時ばかりに駆け寄り、「今撮った写真を後で俺のアドレスを教えるので、送ってくれなか?」と直談判した。 すると、笑顔で快くOKしてくれた。
午前のプラクティスは無事終了し、長いインターバルの間、ランチを摂ったり、しばし休憩。 こういう時間は実に和やかだ。ピットでは各チームがマシンセッティングに勤しむも、その間は仕事が無い。
一服しながら、お仲間と団欒していると、デルファイの一人のスタッフが寄ってきた。 彼らは兎に角がたいがいい。近寄ってくると少し怖いくらいだが、至ってフレンドリー。やはりアメリカ人だ。接し易い。
「暑いね~」と英語で声を掛けると、彼は思わずため息。相当暑さに参っているらしい。 すると彼は「俺はマイアミに住んでいるが、暑さはどうもね。。」と話をしてくれた。
そして、俺は「マイアミとここ、どっちが蒸し暑い?」と聞くと苦笑いして「マイアミ。参っちゃうよ」と話してくれ、そのまま苦笑しながら、トイレに向かっていった。ていうか、俺らはどうも彼がトイレに行くのを邪魔したか!?(苦笑)
そして、長いインターバルも終わり、アウトラップの後の2回のフリーセッション、そして2周のタイムアタックによるクウォリファイがいよいよ始まった。
和やかな雰囲気も一変。いつ起きてもおかしくないアクシデントに備え、心も体も臨戦態勢に入った。
気温と路面温度が上昇し、路面へのラバーの乗りもいいか、レコードラインも見えてきた。そして3回のプラクティスで煮詰められてきたドライバーとマシンは、次々にこれまでの自己ベストを更新していく。
2グループに分けられ、それぞれがタイムアタックをしていく度に無線でコールされるタイム。 緊張な面持ちも、少し緩んだのが第2グループの最初の出走、ダニカパトリックの時だった。
ターン3からターン4へのスピードも速くライン取りもとてもいい様に見えた。
それまで11台が終了した初のもてぎの予選、一気にトップタイムをマーク!。聞こえる驚嘆する場内アナウンス。
思わず手を叩いて喜ぶダニカファンの俺(笑)
ふと辺りを見回すとデルファイのスタッフ達も、驚きのあまりか、信じられないといった感じでおのおの笑みを浮かべながら首を横に振っていた。
結局彼女は2位、フロントローを獲得。
クウォリファイも終り、最終プラクティスが控えている頃、あれだけ良かった天気も雲行きが怪しくなり、雨が降り出した。
レインタイヤの無いインディは、路面をジェットドライヤーカーで乾かす手段を執る。かなり強引な考え。。
しかしながら、それまで夏の陽射しに熱しられていた路面はそれほど時間を掛けることなく、降ったにわか雨を蒸発させたようで、チェックするマーシャルカーが何度も周回するだけに至る。
最終プラクティス。配置に戻り、クルマから身を出して見守る。
バックストレートからターン3に行くマシンに気を取られてると、背後でスピンした音。「あ!やっちゃった!」 すぐさま、出動に備える。
隣にいたレッカーが出動するも、出番なし。 その後も同じくターン4でクラッシュ。どうやら今年の鬼門はターン4のようだ。


4・30(Sat) ファイナルデイ

indy3rdday2_thumb.jpg
indy3rdday3_thumb.jpg


アメージングな1日が始まった。
この3日間続けられたデルファイセイフティチームとのミーティングの後、黒いIRLのオフィシャルキャップがプレゼントとして、彼らから1個1個手渡された。
今日は決勝日。彼らとの今年最後の仕事になる。
オープニングセレモニーまでの長い時間、しばしのフリータイムとなった。
既に場内は観客でいっぱい。年に一度のお祭りの様だ。アメリカではレースイベントは一種のその街のお祭りになる。例えばこの次のインディ500なんかは、その1ヶ月、街を挙げてのお祭りとなり、そしてその勝者は国の英雄となる。 もう少ししたら、きっと日本もその様になるのだろうか。いい文化はドンドン入ってきて欲しいと願う。
時間が近づくと、俺らオフィシャルはピットレーンに向かい、それぞれのクルマに乗った。 この後、オープニングセレモニーの先頭を切って、オフィシャルパレードラップが始まる。 ピットアウトしてオーバルを周回しながら、隊列を整える。指示を出す管制の無線。
11時40分、往年のドライバー、ジョニー・ラザフォード氏、アル・アンサーシニア氏の「Drivers of the official cars, take your position!」とオフィシャルカーコマンドコールに答えるように、一斉にクラクションが鳴らされた。
場内アナウンス「インディカーを影で支える我らがオフィシャルの清栄たち!!」
大きく手を振ると、メインスタンドからは俺らに手を振ったり、旗を振ったりして声援をくれる観客の人達。下から見るとそれは、丸で今にもなだれ込んで来るかの様な歓声。
またそれに答えるように目一杯手を振った。何だかとっても嬉しくて涙が出てきた。
各オフィシャルカーの紹介が場内アナウンスで轟く。
涙が抑え切れなくて、いつもの様にオドけながら、他の乗務員にバレない様にサングラスを掛けて、目一杯腕が痛くなるまで手を振った。
合わせてたった計5分。されど、思わず感涙してしまう程のいい思い出になった。
その後配置場所に着き、数分後、S2000によるドライバー紹介パレードが始まった。
俺らはコース上まで出、大きく左腕を掲げ、親指を立てサムアップをし、通り過ぎるS2000に乗るドライバー達にエールを送った。
それに手を振ったり、ピースマークを上げ答えてくれるドライバー達。
メインスタンドでは、大黒摩季のスペシャルライブ、渡辺貞夫と米空軍による国歌演奏が終わると、空にはブルーインパルスが舞い、「Ladies and Gentlemen, Start Your Engine!」のコールとともに22台のマシンに火が点った。
ペースカーに先導されるフォーメーションラップ1周目。再度俺らはコース上に上がり、1列に並んで、中にタイヤを暖める為に蛇行するマシンがぶつかって着そうな程、1m満たないすぐ脇を走る彼らにサムアップをし、これから始まるレースにエールを送った。
2周、3周とスピードを上げていく各マシン。いよいよ2列隊列が組まれ、ペースカーはピットイン。スロットルは大きく引かれ、グリーンフラッグが振られる。
200周の天をも揺らす爆音のサラウンドシアターの開幕。
オープニング、トップに出たのはダニカ。しかし、いきなりコーション。クルマのステップに立って戦況を観るや否や慌てて出動準備に備えた。
何か今年のレースは荒れそうな予感。その予感は当たり、レース中、コーション7回!?8回!?にも及んだ。 うち3回ほどは落下物の処理だった。その度に立ったり座ったり。
レース半ばに来て、ダリオフランキッティがダンウェルドンにパスされると、鬼門のターン4に吸い寄せられるようにウォールにクラッシュしてしまう。
ダリオのマシンは、オイルを撒きながらストレートを滑り続け、ターン1まで及んだようだった。
ここで、俺らに出動命令。路面に撒くオイル処理剤が足りない時の為の出動だった。デルファイの指示で状況をチェックしながらゆっくり進むも、どうやら事足りた様だった。
管制からの戻ってよしの指示を受け、コースで戻った。バンクの一番高い所を走って戻る途中、オーバルの一番低い所をペースカーに先導され、150~160km/hまでに落とされたインディカーの列が走っていく。 まさに非日常的な光景が続いた。
配置場所に戻り、その後結局出動することも無く、レースとこの3日間に一瞬の劇的な幕切れでチェッカーが振られた。
スポンサーサイト
[2005.05.01(Sun) 21:35] 未分類Trackback(0) | Comments(0)
↑TOPへ


 ← 2005 AUTOBACS SUPER GT Rd.2 -2005 Race Watching Report vol.1- -2005 Race Watching Report vol.1- | TOP | COFFEE AND CIGARETTES

COMMENT

COMMENT POST















管理者にだけ表示

Trackback

この記事のURL:
http://greencasket.blog13.fc2.com/tb.php/76-f87c4670
 ← 2005 AUTOBACS SUPER GT Rd.2 -2005 Race Watching Report vol.1- -2005 Race Watching Report vol.1- | TOP | COFFEE AND CIGARETTES

PROFILE

CALENDAR  

ARCHIVE

ENTRIES

COMMENTS

TRACKBACKS

CATEGORY

SEARCH

RSS

LINK LIST

Powered By

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。