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リストマーク ホンダRA099 ~2005 F1日本GP観戦ダイアリーvol.6  

2005年10月14日 ()
suzuka20b.jpg

足早にスタンド裏の通路を歩いた。まだV10サウンドは響くも、今日のレースに特に未練はなかった。

テクテクと歩く足を一つの看板が止めた。

「今は整理券無しでご覧頂けます」

この奥の催事場では、「Challenge to The Top 日本のグランプリ史ー頂点を目指した挑戦の歴史」と題打った展示会が行われていた。
日中は整理券が邪魔くさくて入らなかったのだが、この「整理券無しで・・」に「ん~、どっしよっかなぁ」と悩みつつも体は既に会場に動いていた。

会場に入るや否や、ロータス29やら初代スカGやらが出迎える。
しげしげと見ながら足を動かしていくと、奥にはマトラやらフェラーリF187やら。19年前のF1鈴鹿初開催のレースでゲルハルト・ベルガーが勝ったマシンだ。

その他、ホンダF2やらロータス、ティレル、マクラーレンと言ったホンダF1参戦第2期の黄金期を飾ったマシンがズラズラ。
まぁ、この辺はもてぎで観れるから良いとしてと、流す。

そして、進むと白いフォーミュラカーが目に入った。
Open↓

観た瞬間、体に電気が走るような、ゾクっとした感覚が走った。

ホンダが今の第3期のF1参戦体制に入る前の1997年、一枚のプレスリリースが世界を駆け巡った。
ホンダF1復活だった。
そして翌年1998年、濃い霧に包まれたイタリア、バイラノで身に覚えのある甲高いサウンドだけが報道陣に届いたと言う。
ホンダ復活の産声であり、このRA099のシェイクダウンだった。

ホンダはこのプレスリリースで、シャーシをも開発、純ワークスチームとしての参戦を示唆していた。
イタリアのダラーラが製作したRA099は、ホンダがF1参戦の為に創った元ティレルのスタッフを中心としたHRDのスタッフとドライバー、ヨス・ベルスタッペンに委ねられ、その後のテストで好タイムを連発。他チームとの初の合同タイムで現役参戦チームをよそにトップタイムを叩き出した。

これに疑惑が様々起こったが、テストは続行されていく。
suzuka21b.jpg
そして元ティレル、テクニカルディレクターでHRDの現場総指揮を執っていたハーベイ・ボスレスウェイト博士の急逝により、プロジェクトは失速。
写真奥に見える現チームBARへのエンジンサプライヤーと言うかなりトーンダウンした形でF1に復帰し、RA099と様々な疑惑は闇に消えたと言う幻のオールホンダF1マシン。

RA099が元ティレルのスタッフの手によって開発された事、BARがティレルを買収して作られたチームである事、そしてそのBARをホンダが完全買収して、来年待ちに待ったオールホンダで参戦する事。
何ともこう考えていくと因縁めいたものを感じずにはいられない。

そしてティレルと言えば、ホンダと言えば、あの人が頭に浮かばない訳が無く、今11番目のホンダ系チームの憶測が飛び交う中、あの人の監督としてのF1復帰を願わずにはいられない。

そんな事を夢見ながら、帰り折角喫煙車の席を取るも寝てしまい、気づけばこののぞみの唯一の停車駅、新横浜に停車していた。。(トホホ

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[2005.10.14(Fri) 01:22] モータースポーツTrackback(0) | Comments(1) 見る▼
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COMMENT

楽しく拝読いたしました(^^) by 1sugi
>masa様
観戦記、楽しく拝読いたしましたです。当日は急な野暮用で録画もできず、masa様のレポートと某所よりの救援円盤(謎)で後日復習したよな次第です。あ、まだ上海のビデオも見てないや(^◇^;)。
文章もさることながら、画像もお見事ですねぇ(^^)。レーシングスピードのマシンを画面中央で押さえられるなんて凄すぎです(@@;....ワタシの「あーむ」では...嗚呼...orz。

RA099.....未だ見えてこない11番目のチーム....どうなるんでしょうね、ほんとに。

で。

所謂「垣夜」でお出かけになったですね。昔々「垣夜」にはよくお世話になりました。全席指定ぢゃ「青春十八」は使えないのでしょうね(^^ゞ。
「青春十八」と「垣夜」と「輪行袋」...なにもかもみな懐かしい...。

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リストマーク FIA Formula-1 Rd.18 FujiTV JAPANESE GRAND PRIX ~2005 F1日本GP観戦ダイアリーvol.5 

2005年10月14日 ()



どう言う訳だろうか!?F1決勝レースが行われる前は、静寂を感じ、適当な言葉が見つからないが、厳か!?な雰囲気に包まれる。

スタンド上に立て飾られた無数の旗を棚引かせるには十分な風の音と、TV中継の為のヘリの音だけが聞こえる。

目の前には、これから始まるオ-プニングセレモニーの中のドライバーズパレードに使われる、数々の名車たちが並ぶ。
5.807kmのコースをゆっくり進むパレード。
長く感じるその後のセレモニー。フジTV塩原アナの場内に響くアナウンス。赤旗を後ろに立てて、マーシャルカーがコースインスペクションを執り行う。

1時半、ピットからV10エンジンが唸り出す。ゆったりと海の方へ傾斜した地にある鈴鹿に響く甲高いエキゾーストノートは、それぞれ何処を走っているのかが分かる程の轟音を放つ。
Open↓

ピットアウトする度にアナウンスされるドライバー紹介。オーロラビジョンはBAR。いよいよ佐藤琢磨。
湧き上がる歓声は、琢磨と共に波の様に動いてくる。
いつもならレース自体を観に来る俺。しかし今日は、この男を観に来たのだった。予選5番手。期待は当然する位置。
俺の頭ではこうだった。スタートして1コーナーでクリエンを刺し、4位浮上。その後数周ポジションキープで、なぜか決勝で安定しないトヨタラルフが脱落して3位。と言う何とも都合が良い序盤の展開の予想をしていた。

しかし、それはすぐに覆された。
14時、固唾を呑みながら見守るスタート。高鳴る鼓動と興奮、そして20台の爆音。

すぐさま目にしてしまった高く上がる砂煙。これで夢はジ・エンド。

繰り返されるオーロラビジョンでのそのシーン。琢磨は恐らく燃料を満タンにしていたのか、スタートは鈍目。軽かったのかレッドブルの2台は好スタートだった。

近づく一団にカメラを構えるもさすがF1マシン。シケイン立ち上がりからの加速が違い、慌ててピントが定まらない。

トップにはポールスタートを決めたラルシュー、トヨタ、2番手フィジケラ、3番手バトン・・・琢磨は19番手、巻き込まれたバリチェロはやや間隔遅れて最下位。そしてすぐさまピットレーンへ。

その後すぐ、トヨタが作戦を狂わされた原因となったモントーヤのクラッシュが俺の左手で起こった。
suzuka17b.jpg


長いSC導入のフルコーション。その間ピットに入るマシンあり。琢磨のその一人。その後隊列は整えられ、SCピットインと同時に一斉に加速、ストレートへ向かう。再スタート!

次々に良い加速を付けてストレートに進入する中、琢磨は重いのか、バランスが崩れているのか、前に居るミナルディにさえ遅れを取った。

そしてその後に起こる見たくもない近くで起こったヤルノとの接触。
完全に失望と言うか諦め。周りも落胆とため息に埋まった。

しかし、レースを面白くしたのは、ミハエル、アロンソ、ライコネンのバトル、そしてバトンとウェバーのバトル。

結局パスされるもミハエルの巧みなブレーキングとライン取りは、凄かった。
suzuka15b.jpg

suzuka16b.jpg

レース残り30分。レース自体の体制が固まり、気がつけば、1位ライコネン、2位フィジケラ、3位アロンソ。そしてホンダ惨敗。。

確かに今年の集大成を見るレースに帰りの混雑を気にして席を立った。
suzuka19b.jpg

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[2005.10.14(Fri) 00:10] モータースポーツTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク インテグラ チャレンジカップ レース ~2005 F1日本GP観戦ダイアリーvol.4 

2005年10月12日 ()
suzuka11b.jpg

10周のフォーミュラ・ドリーム決勝レースを観た後、プラスティックのベンチでケツが痛くなり、スタンド裏の喫煙コーナーに行こうとするも、間を通る通路は、人混みで横切るのも一苦労なほど。

秋にしては強い陽射しに、腕がやや痛く、少々小腹が空き始めた11時過ぎ、もう一つのレース、インテグラチャレンジカップが始まろうとしていた。

このレースは全国5つのインテグラワンメイクレース地区戦を戦い抜いたそれぞれのチャンピオンを中心に、総勢43台ものインテグラ使いが集まって競う、言わばインテグラ日本一決定戦。

西グリッドから目の前をゆっくりと通り過ぎる一団は、メインストレート上のグリッドに着く。今やGTくらいしか観ないフルグリッド。いや、全グリッドをはみ出してる。
Open↓

suzuka10b.jpg

フォーメーションラップを終えた後、11時15分、オールレッドブラックアウト、43台のマシンが一斉に1コーナーに突っ込んでいく。

目の前に映る1コーナーから2コーナーのグラベルにコースアウトして行く数台のマシン。その混乱を抜けて爆走してく長い長い列。
数々のコーナーを巧みに掻い潜るも、待ち構える罠。
旧130Rを通り過ぎてきた先頭グループが観えてきた。

激しいグレーキングと力強いトラクションで駆け抜ける目の前のシケインから最終コーナー。
丁度中断グループくらいがシケインに差し掛かると、一台の白いインテグラが入り口手前をはみ出す。
ミキティー張りに、1回、2回、3回と白煙を立てながらスピン、物凄い勢いでタイヤバリアに激突!
久しぶりに観る激しいクラッシュだったが、駆け寄るオフィシャルに手助けられる様に脱出。その様子はどうやら無事なようだった。

すでに始まったサバイバルレース。まるでスイミーの大群の様だった隊列は周回が重なる毎にバラけ始めた。
suzuka12b.jpg

所々で起きる1対1のバトル。中でも目を釘付けにしたのは、No.2ベルノ新東京の嶋村選手とNo.6プロジェクトμの山野選手の最後まで続いた長い長い壮絶なバトル。

徐々に詰め寄りプレッシャーを掛ける山野選手。
オーロラビジョンでも捕らえ始め、スプーンカーブに差し掛かると、ライン上を微妙にインにずれ込んで走る嶋村選手を明らかに普通ならハラんでコースアウトしそうなあまりにイン過ぎる突っ込みを巧みなブレーキングで、何と見事に抜き去ってしまう山野選手。
こんなスプーンのバトルは生まれて初めて観た。

最終ラップも、抜きつ抜かれつは続き、最終コーナーで並んでチェッカー。
どうやら山野選手に軍配が上がった様だった。
suzuka09b.jpg

そして、この乱戦を制したのはこのレースの常勝、黒木健次選手。
予選3番手スタートの黒木選手はこれで、このレース5連勝をマーク。
このインテグラ使いを観てると、ふと往年のシビック使い、中子修を思い出す。

それにしても、黒木レーシング恐るべし。

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[2005.10.12(Wed) 00:02] モータースポーツTrackback(0) | Comments(2) 見る▼
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山野 哲也? by まさそり
プロジェクトμだと、全日本ジムカーナ12連覇のこの人でしょうか?GT-300のMR-Sにも乗ってたような。
それにしても、ものすごい台数ですね~。

なるほど by まさそり
この人も、今年の全日本ジムカーナ第7戦で優勝してますね。
昔のジムカーナと違って、今はミニサーキットみたいな場所での開催が多くなり、レースと2速の、ちゃう、二足の草鞋を履く人も増えてるようです。速い人は何やっても速いんですよねぇ。

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リストマーク フォーミュラ・ドリーム第6戦 ~2005 F1日本GP観戦ダイアリーvol.3 

2005年10月10日 ()


観客スタンドに徐々に人が溜まってきた。そして毎度お馴染みのピエール北川氏の場内アナウンスが流れ始める。
コースではFIAセイフティーカーとメディカルカーが重厚なエキゾーストノートを立てながら本気なスピードで走っている。

時間が経つほどに増す興奮度。テンションは徐々に盛り上がる。



午前10時。
今日最初の決勝レース、2005年フォーミュラ・ドリーム 第6戦 オートバックススーパーチャレンジレースが始まる。
今日来たのは、実はF1よりも寧ろこのフォーミュラ・ドリームとこの後行われるインテグラ・チャレンジカップを観に来たと言っても過言でない程、楽しみにしていたレース。

Open↓



ホンダのドライバー育成プログラムの一環である、SRS-F(鈴鹿レーシングスクール)に参加しているドライバーと使用しているマシンで開催されるフォーミュラレースのフォーミュラ・ドリームは、以前もてぎで開催されていた事もあるが、今はこの鈴鹿と岡山国際のみでしか観られない。

マシンは現在FD-03、童夢製シャーシに以前プレリュードに搭載されていた2200ccVTECを無限(現MTEC)チューンが搭載され、ドライバーのセッティング能力を育成する為、わざとピーキーにセッティングされたマシン。
タイヤはブリヂストン製を使用する。

佐藤琢磨や松浦孝亮などもこのスクール出身。

初めて観たのは2002年のやはりF1サポートのレース。その時の決勝はスプーンで起きた長屋宏和の大クラッシュによって赤旗中断、キャンセルされた。
入門フォーミュラと侮れない、激しいバトルが展開される。

今年は塚越広大(カーNo,2)と言うまだ18歳のドライバーがブッ千切っている様で、彼は既に全日本F3に途中参戦が許され、シングルフィニッシュも成し遂げている。

レースの方は、2位松下昌輝選手にジリジリと追い詰められたものの彼はトップをひた走り、ポールトゥウィン。
他の11人のドライバーとは、どうやら格が違う様だ。


しかし、今年取ったこの席、シケインでのパッシングを観れたりで、予想的中!
この後のレースが楽しみだ。

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[2005.10.10(Mon) 23:28] モータースポーツTrackback(1) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 1年振りの鈴鹿 ~2005 F1日本GP観戦ダイアリーvol.2 

2005年10月10日 ()
suzuka03b.jpg

東海道本線を6時間と22分揺られ、名古屋で近鉄の急行に乗って更に1時間弱、鈴鹿サーキットの最寄駅の一つ、「白子(しろこ)」に着く。
普段は静かだろう田舎の駅にはあまりに多すぎる人、人、人。
そこからバスが運行されているのだが、今年もタクシーを利用。
1500円程で鈴鹿サーキット第8ゲートに着いた。

既に場内は移動も侭ならないくらいの人で埋め尽くすられていたが、ちょいと場内を散策してみた。

昨年同様、関連会社のブースやら出店が軒を連ね、人気のブースには、そこで催されているイベントに長蛇の列。辺りを回れば回るほどその人の多さに気づき、そして彼らが身に纏うBARのキャップとウェア、そしてその殆どにカーナンバー4、そう佐藤琢磨のカーナンバーが刺繍されている。琢磨人気はブームなのか、それともちゃんと認知され根付いたものなのか・・・。

しばし場内を散策した後、この人混みにあきあきし、自分のシートへ向かった。

人混みで中々動かない指定席のあるエリアへの通路を掻き分けやっと辿り着いた。
Open↓

suzuka04b.jpg


今年取ったシートは、Cエリア。と言っても分からないので、どっかと言うと、カシオトライアングルから最終コーナーに掛けてのエリア。
ちと分からないので場内案内係りの女の子に聞いて、一緒に探してもらい、一緒に迷って。。(困笑)着いた席からは、右手にカシオトライアングル、目の前を最終コーナーが走り、ちょっと左手にはピットレーン入り口が見える。

恐らくこの辺がこのサーキット一番高いくらいなのだろうか。辺りを見回すと鈴鹿東コースの殆どが見渡せ、グランドスタンド後方には遊園地の観覧車やらジェットコースター、そして1コーナー後方には朝の陽射しに光る伊勢湾が見える。
そして西へ首を回していくと目の前の東ショートカットの向こうにダンロップカーブと既に満員の自由席エリア、逆バンク、もう少し右を見ると鈴鹿連山の南端に当たると思われる山、その手前を旧130Rから伸びるロードコースが見える。そして秋を感じさせるすじ雲と気持ちいいほどの青空が天空を覆う。

ここに立って、この絶景を観て、この空気を吸って感じて、漸く「来た~~」と言う実感が沸いてきた。

後足りないものは、ここを走るマシンと轟くエキゾーストノートだけ。

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[2005.10.10(Mon) 22:05] モータースポーツTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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